テクノロジーの進化って理解できるよりも感じられる方が大事かもしれない

投稿者: imaizume 投稿日:

気象庁の天気の決め方が無駄すぎる件

最近流行っているチコちゃんに叱られるという番組で、気象庁が出す天気予報の晴れや曇りといった天気の情報をどう決定しているのかという話があった。

その答えが「3時間に一度、職員が屋上で空を眺めて目視で判断してる」というものだった。

それも夜中の3時まで夜勤も含め、交代しながら観測しているらしい。

しかも人の目にこだわる理由が「衛星からは観測しづらい」というもの。

見た瞬間、自分は「全く正当な理由ではないし税金の無駄遣いも良いところだ!!」と思った。

  • 衛星がだめならなぜ地上からカメラで撮って写真を機械学習で分類しないのか??
  • むしろ夜中なら人の目よりカメラの方が性能良いに決まってるだろ!!
  • 人の目よりもAIの方が確実に低コストで高精度、しかも3時間でなく毎分でも可能なのに???
  • この時代においてとんでもなく非効率で無駄なことに人と金を使っているじゃないか!?!?

という疑問は、きっと誰しも説明すれば納得するものだろうと勝手に思い込んでいた。

この感覚が伝わらない!?

ところである。

一緒に見ていた知り合い (非IT系) にこの話をしたら

「ふーん、そうなの。」

の一言で片付けられてしまった。

テクノロジーに詳しくないことは良いのだが、その後いくら懇切丁寧に説明をしても、この「無駄なことだ!」という感覚は全く伝わらなかったようだった。

もしこれが自分の好きなアイドルの魅力の話であったら、相手が頑張っても理解できないというのはわかるが、この話は理屈を説明すればわかってもらえる話だと、そう思っていた。

けれどよくよく考えたら、それは理屈ではなく感覚の問題なんだろうなと思った。

最近は落合陽一さんの日本再興戦略を読んでいるが、ここに書かれているような移動という概念の消失デジタルネイチャー(高度な通信と仮想化技術でデジタルとリアルの区別が発生しない世界)を捉えられるようなレベルの人たちがいる一方で、人工知能の本質も知らずビットコインどころか電子マネーにすら不信感を抱いている人たちがまだたくさんいるんだろうなということを想像させられた。

前者の人達からすれば肌感覚でわかる「ヤバさ」とか「当たり前」というものが、後者には受け入れるどころか全く感じることすらできないのかなと。

なお逆のパターンとして「URLという概念がインターネットから消えかかっている」という話があるそうだけれど、これを聞いて「最近の若者ヤバい」って思っている自分はむしろ危ないのかなって思ってしまった。

ITインフラの仮想化と一緒で、URLも昔は自前で打ち込んでいたけれどだんだん表には見えなくなっていき、エンドユーザーはもはや知る必要がなくなるということなのかと。

この感覚を知らないままエンジニアやってたら、コードは書けてもサービスは作れないなと思ってしまったなどという、特にオチのないメモ。